洞窟の中

「すごく寒かった」。かなりあとになってからようやく断片的に語るあなたのやり方を、今まで何度も横から見てきた。
 円形のステージの分だけズレた床の向こうとこちらに、あなたと私がそれぞれ座ってる。あなたは深いみどり色の童話のような椅子に。私は木の模様とグレーのクッションがはりついた人工的な椅子に。
 二人は同じ方向を向き、決して互いを見ることはない。知らない外国のアニメが無彩無音で流れ続けている。
 あなたは最後まで語り続けた。
「洞くつから出なければよかったって何度も思ったの。ちょうど雨上がりの夜で、月あかりが眩しくて空を見上げたらなぜかくしゃみが出たよ。あのとき本当は春だったんだけど、私はこれが本でみた冬というやつに違いないって確信してね。それであの子にユキって名前をつけたんだ」
 閉じられた部屋の中、左側からあなたの声がして、あなたの気配が空気を揺らしている。けれど本当にそこにいるのかはいつまでもわからない。二人は同じ方向を向き、決して互いを見ることはない。
 そのうちアニメかあなたの話のどちらかが終わり、ある一人が立ち上がって部屋から出て行き、残るのは一つの椅子とそこに座る人だけになった。
 かなりあとになってからようやくドアが開くまで、ずっとそのままだった。