とっとりホテル

 多くの者に愛された者が矢印を分け合う。その国へ初めて来たのは、とある初夏のイベントでのこと。
 この星では、今の支配者が全てのコードを世界中に走らせきった記念日から始まる、1週間の休暇がある。そこに合わせたサブカルチャー系のイベントだ。毎年大人気で今回は記念すべき100周年、しかも99回目の開催なので、例年以上の人出である。
 空港では、フォーチュンクッキーが配られていた。内臓にリボンを結ぶ。その隙に近づいて来たファンが、私の短いサンダルの端をかじって持っていった。白いかたまりが人混みへ消えていく。集まったファンたちに向けて、私は手を揺る。振れる袖のリボンにも歓声が上がる。
 この国ではどうやら、移動はすべて動く床で行うようだ。サンダルではなく素足でよかったかもしれない。
 着いたのは鳥用のホテルだった。マネージャーの手違いかと思ったが、警備の必要な来国者を受け入れられるのは、国中でこのホテルだけらしかった。
 部屋の隅には様々な宗教の聖書のようなものが置いてあった。冒涜的だが、この国では宗教を具体的な名前ではなく、数字と記号で呼ぶ。宗教A1とか宗教N4といった風に。だから表紙がやけにシンプルで、みんな似ている。信仰を恐れる国民性によるものだ。
 ここは世界的にも珍しく、ほぼ単一民族の国だが、海に囲まれた島国だからか、昔から他星人の血も多く混じっていて、信仰や教義や生活や習慣や常識といったものを嫌う性質が強い。
 そんな性格は町並みにも反映されている。広告も、他国の都会より圧倒的に少ない。プロパガンダがろくに効かないからだ。
 その時、モバイル端末のアラームが鳴り、私は日課として鈴を飲んだ。のどを過ぎ、胃でリンリンと鳴るのが涼しい。滅びた故郷の夕日を思い出す冷たさだ。
 その後はマネージャーが用意してくれたベッドに寝転び(鳥用ホテルの備え付けはさすがに使えなかった)、長い長い長〜い足を投げ出してくつろいでいると、またファンが近づいて来て、脱いだサンダルの端をかじって持って行ってしまった。
 夜のうちは暇なので、読書でもすることにした。この間インタビューした作家にもらった本を、カバンに忍ばせていたのだ。鉱石の発掘を描いたワックワクの児童文学である。小皿で電解液とアイスクリームと私の口腔体液を混ぜ、一ページずつ刷毛で塗っていく。のんびり文字を追いながら、胃で歌うように転がる鈴の音を聞くのが心地よい。やはり旅先でも、いつものルーティンを忘れてはならない。まるで心臓が洗われるようだ。
 こんなにのんびりしていられるのは今日までで、日付が変わった途端、スケジュールが目白押しだった。
 私は二年ほどで読書を切り上げ、小皿を二時間も洗い続けた。最近取り入れている皿洗い瞑想である。やりすぎると皿が割れる。そこへマネージャーが呼びに来て、日付が変わったと伝える。皿は割れたが仕事の時間だ。